
こんにちは。
長野を中心に活動している心理セラピストの横内ヨウです。
いい人って、なんでしょう。
私はもし、誰かから
「あなたは、いい人ですね」
と言われたら、嬉しいと思う一方でどこか身構えてしまうかもしれません。
というのも、言われたその瞬間から、
「この人にとってのいい人」でいようと、
無意識のうちに自分を緊張させてしまうからです。
でも、その「いい人」は、本当に自分を幸せにしてくれるのでしょうか。
◆あなたの畑とわたしの畑みなさんは、こんなことはありませんか。
- 気が付くと、他人の世話ばかり焼いて、つい自分のことを疎かにしてしまう
- 自分も余裕はないのに、困っている人を放っておけない
- 本当はイヤなのに、頼まれると断れない
- 期待されると、つい必要以上に頑張ってしまう
もし心当たりがあるなら、
あなたは自分の畑を耕す前に、他の人の畑を一生懸命耕している
のかもしれません。
「困っていそうだから」「断ったら悪いから」
そうやって人の畑に水をやり、
草を抜き、土を整えていくうちに
その畑にはいろいろなものが育ち始めます。
相手の問題を、まるで自分事のように抱え込んで、
「私が何とかしなければいけない」と感じてしまうのです。
でも、ふと振り返って自分の畑を見たとき、
そこには何も育っていないことに気づいてしまうのです。
それでも周りからは、
「本当に優しいですね」
「気が利くね。助かるよ」
そう言われると嬉しい一方で、どこかモヤっとする。
そもそも「いい人」とは、どんな人のことを言うのでしょうか。
◆「いい人」とは?
「いい人」という言葉には、
その言葉を使う人の価値観のようなものが
ベッタリくっついているように感じます。
私たちはいつの間にか、
いい人であることが正解だと信じ込み、
その人にとっての「いい人」を演じることで、
自分の居場所を守ってきたのかもしれません。
でも、その「いい人」は、
いったい誰にとってのいい人なのでしょうか。
もしかするとそれは、
相手にとって「都合のいい人」になっているのかもしれません。
もちろん、
人に優しくしたり、
面倒をみたりすることが悪いわけではありません。
ただ、その中で
自分の本音を隠したり、
いやだという気持ちを押し殺していたり、
本当は苦しくて仕方がないのに、
無理やり「いい人」を演じているのであれば、
少しここで立ち止まって考えてみる必要があるかもしれません。
私は本当に、
その人にとっての「いい人」でい続ける必要があるのだろうか―
そこを見ないまま相手に合わせ続けていると、
いつの間にか自分の基準ではなく、
相手の基準で生きるようになってしまいます。
◆いい人は、自分を後回しにするプロ
これは、よくある「いい人」の話かもしれません。
今日はもう何もしたくない。
早くお風呂に入って、ただただ寝たい。
そう思いながら、仕事で疲れて帰ってきたある晩のことです。
さあ、お風呂に入ろうかという時に、知人から電話がかかってきます。
「ちょっと聞いて〜!」
本当は余裕なんかないのに、
「ごめん、今日は難しい」
と断れないのです。
—相手が困っているなら、聞いてあげなきゃ。
—断って、冷たい人だと思われたくない。
—せっかく私を頼ってくれたのだから、がっかりさせたくない。
そう考えて、結局、相手の話を聞いてしまう。
「聞いてくれてありがと〜」
そう言って相手は電話を切るけれど、自分のやりたかったことは残ったまま。
寝る時間は遅くなり、疲れも取れない。
そして心のどこかに、モヤモヤが残っている。
こういうことを、いい人は何度も繰り返してしまうのです。
相手の困りごとにはすぐ反応できるのに、
自分の疲れや限界は後回し。
だから、いい人は
自分を後回しにすることが、とても上手なのです。
◆「いい人」をやめられないのにはワケがある
では、なぜ苦しいとわかっていても、
「いい人」をやめられないのでしょうか。
それは、「いい人」でいることが、
その人にとっては「安全策」だからです。
私はわたし。
あなたは、あなた。
本当はそんなふうに、自分と他人との境界線を引いてもいいはずです。
でも、その境界線を引くことが怖い。
断ったら嫌われるのではないか。
自分を優先したら、冷たい人だと思われるのではないか。
相手の期待に応えなかったら、関係が壊れてしまうのではないか。
そんな不安があるからこそ、
「いい人」でいることを選んでしまうのだと思います。
「いい人」でいれば、
-嫌われずに済む
-怒られずに済む
―必要とされ、感謝もされる
―自分の居場所があるように感じられる
そのたびに得られる安心感や成功体験が、
「いい人」を簡単に手放せなくなっていくのです。
でも、
これは大人になってから急に始まったものではないかもしれません。
子どもの頃、家の中で、
- 親の機嫌を読むことが必要だった
- 自分の気持ちより、家族の空気を優先してきた
- 「いい子」でいることで、安心を得てきた
- 誰かの役に立つことで、自分の存在価値を感じてきた
そういう人にとって「いい人」でいることは、
かつて自分を守るために身につけた自己防衛策だったのだと思います。
だから、自分を優先しようとすると、
強い罪悪感に苦しめられるのです。
頭では、そこまで考えなくていいとわかっていても、
心のどこかでは、
「いい人」でいないと居場所がなくなるように感じてしまう。
それほどまでに、「いい人」をやめるのは難しい。
◆最後に…
「いい人」でいることで苦しくなっているのなら、
私は、なんのために「いい人」であることを選んでいるんだろう。
そんなふうに、自分に問いかけてみてもいいと思います。
そして、改めてそこに違和感を覚えたその時こそ、
自分を後回しにし続けてきた生き方を、
見直すタイミングなのかもしれません。
私たちは、
いつでも自分の生き方を選び直すことができるのだと思います。
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コラム担当者の紹介:協会認定セラピスト 【松本市】横内ヨウ


