こんにちは、公認セラピストの松本美奈子です。

昔々、私たち「大人」と言われている年代の人たちがまだ子どもだった頃、
大人に対してどんなイメージを持っていましたか?

  • 勉強しなくていいな
  • 自由にお金を使えていいな
  • 夏休みがなくてかわいそう

なんて思ってたような記憶。

 

それと同時に、自分が子どもであるがゆえに

  • 叶えられない夢を叶えることができる存在
  • 解決できない問題を解決できる存在

だったかもしれません。

 

そして、自分より大きな存在であるにもかかわらず、

  • 子どもっぽい存在
  • 頼りない存在
  • 許せない存在

などと思ってた人も多いはず。

 

私が子どもの頃は、「私に力やお金があれば、もっとお母さんを幸せにできたのに。
子どもは無力だ、早く大人になりたい。」と、いつも思っていました。
はい、「子どもであってはいけない」というイラショナルビリーフです。

「力」があれば、お金があれば、大人になれば、母を喜ばせることができれば
幸せになれると思い込んでました。
しかし、そんな幸せは訪れませんでした。
大人になって稼げるようになって力を持つことができても、母は母のまま、
不幸せでそして幸せでした。その幸せは私の願う幸せではありませんでした。

 

「条件が揃えば幸せになれる」は幻想です。
例え大人になっても、家業が成功してお金もちになっても、
地位と力を得たとしても、そこに幸せがあるとは限りません。
世の中仮面夫婦、仮面家族はごまんといます。

こんなことわざわざ読まなくてもわかるわい!って話かもしれません。
では子どもの頃の自分にそう伝えてみてください。
果たして、すんなり受け取ってくれるでしょうか?

 

今、私は力があります。お金も困らない程度にはあります。そして大人です。
しかし私のそばに母はいません。それでも幸せです。母がいなくても幸せなのです。

何かができれば、条件が揃えばイコール幸せ、ではない。
「幸せ」ってふとした瞬間に「自分の中に、周囲にあるもの」と気づけるもので、
目に見えるものや数値化できるものではない。
何かがあれば、揃っていれば、誰かがいれば、愛してくれれば、と
「外に求めるもの」が多ければ多いほど、大きければ大きいほど、
揃わない事での渇望感は埋め難く、自分は不足のある存在だ、無力な存在だと思ってしまいます。

 

人は常に自分が選べる最高で最善の選択をしています。
どんなに浅はかで安易な決断に見えても、
それがその当時の自分が選べる選択肢の中で一番だったのです。

子どもだった自分がその選択をしたからこそ、生きていられたし、今の自分に繋がっているのです。

子どもの頃の自分と仲直りして、
自分自身の中にこそ平和と安定が存在し得ることを体感していきたいですね。