こんにちは、東京板橋区で心理セラピストをしています瀬川あいこです。
この数日で急に秋めいてきましたが、お元気でお過ごしでしょうか。

今年は8月に帰省された方も多かったかもしれません。

他方、「両親」や「実家」に対して思うところのある方は、このお盆時期が苦手な方々も多かったことと思います。

私は今年、大事な家族を亡くした初盆でした。まだ圧倒的に悲しいし、寂しいし、生きている間にあれこれできたら良かった後悔もあるしで、毎日泣いてる期間になりました。

一方でこの喪失感と悲しみでそもそも落ち込んでいると、やっぱり他人のふるまいに腹を立てやすいな、とか、こうして他人に腹を立てることで自分の感情をすり替えたな、と思う体験が多かったので…

今日はこの「自分事から目をそらすために、目の前の他人を使う仕組み」についてシェアしていきたいと思います。

赤の他人にまでムカつく時

他人の(おそらく他の人にとっては)なんでもないふるまいやお行儀を見て、その悪い点ばかり目について、ムカつくことはありませんか?

自分が疲れている時や、落ち込んでいる時に多くなるかもしれません。

また、対象とする「他人」には、

「夫が」「妻が」「子が」
「上司が」「先輩が」「後輩が」
といったような、自分とかかわる相手の場合もありますし、

「店員が」「電車で同じ車内の人が」「通りすがりの見知らぬ人が」
等の、個人的なかかわりが全くない相手の場合もあります。

後者の場合は更に「まったく見知らぬ人に対してまでこんなに目くじら立てることないのに…」等の自己否定感まで1セットの場合が多いです。

余裕のない時のあなたが、見ていて我慢ならない他人の言動は何でしょうか?

「ちゃんと」してない他人がムカつく

見ていて我慢ならない言動は、もしかしたらいろいろあるかもしれません。

やさしくない、配慮がない、責任感がない、前向きでない、常識的でない…

これらは多くの場合、この一言で表現し得るものだと思います。

あなたにとって「ちゃんと」してない

自分の思う「ちゃんと」した姿から外れた他人を見ると、もう我慢ならないほどムカつくんです。

更に、そんな風に他人に厳しい自分が嫌いです。

たとえばこんな感じです。

歩道で前を行くグループが歩道の幅いっぱいに広がって歩いていて追い越せない

ちゃんとしてない!

他人のために、端に寄って歩くべきでしょ?!

どういう神経してんの、人として有り得ない!

苛立ちを足音で表現したり、わざわざ迷惑そうな顔して追い越したり

あるいはガンつけながら後ろを歩き続ける

その場を離れてから

私ってなんて心が狭いんだろう、人として有り得ないのは私だったわ…

「ちゃんと」してないと許されないと思っているのは自分

上記のようにあなたの中で大爆発が起きる時、気づいてほしいことがあります。

それはほかの誰でもないあなたの中に、
「ちゃんと」してたいし、そうでないと許されない感覚があるということです。

自分が常に自分を律して、ちゃんとしていなければいけないと、
背を正して、人目を気にして、時に欲求を押さえて、我慢しているからこそ、

落ち込んでいたり悲しんでいたり、余裕のない時には、
それをためらいなく犯している(ように見える)他人がムカつくし我慢ならないのです。

そこには、そんな風にギリギリ自分を縛り上げることにしている目的があるはずです。
ぜひ自分にも質問してあげてみてくださいね。

たとえばこんな感じです。

ちゃんとしてたい
↓なんで?
失礼な人間になりたくない

他人から不快に思われたり、非常識と思われたくない
↓なんで?
他人から好かれていたい

よい人間、誠実な人間だと思われていたい
↓なんで?
そうでないと自分のこと、生きる価値のある人間って思えない…

上記の例でいえば、
「ちゃんと」していること
イコール
自分が生きる価値のある人間である、と証明し続けること
とリンクしています。

これは当人としてはやめるわけにはいかない、緩めるわけにはいかない強い縛りです。

取り組むべきは、自分の中の偏ったルール

しかしこの2点は果たして、妥当な/現実的なリンクでしょうか?
人間は、その生きる価値を示すために、本当に常に「ちゃんと」していなければいけないのでしょうか?

個人的には全くそうは思いません。

これらの2点はそれぞれ別物ですし、そもそも価値を証明し続ける必要性すら感じません。
もっと言えば、あなたのこのルールに、目の前の相手はかかわりあるでしょうか?

目の前で「ちゃんと」してない人間は、あなたの中のルールを侵害しているのでしょうか?
いいえ、かかわりありません。

侵害する気どころか、相手の抱えるルールはそもそも、自分のそれとは全く別の可能性すらあります!
したがってあなたが取り組むべきは、自分の中のルールです。

「なんらか要件を満たしていないと」生きていられない、その感覚が緩んでいってはじめて、
自然とあなたの行動様式や他人の言動を見る目が変わっていくのです。

反応の種はいつもあなたの中にある

ここまで見てきた、

ちゃんとしてない他人を見るとムカつく仕組みをまとめます。

  1. 「ちゃんとしてないと許されない」、自分の中の認知や思い込みがある
  2. そのために普段、自分を律して我慢させている
  3. だからこそ、余裕のない時ほど、我慢してない他人を見るとムカつく
  4. 問題は他人の言動ではなく、自分の中の偏ったルールである

他人を見ていて起きる反応の根っこは、元をたどれば自分の身の内にあるものが多いです。

自分の中の反応の種を観察する絶好のチャンスともいえるので、
自分と話して、掘り下げる手がかりにしていただけたらと思います。

もしもこうしたパターンの根っこが自分じゃわからない、混乱してきたという場合には

電話カウンセリングで問題整理のお手伝いができますので、
お気軽にご相談くださいね。

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