
誰かのことは守ろうとするのに、自分を守ることができない。
そんな経験はありませんか。
誰かのことは守ろうとするのに、自分を守ることができない。
そんな経験はありませんか。
この記事では、わたしの体験をもとに、その矛盾がなぜ起こるのか、
その心理的背景について書いていきたいと思います。
中堅看護師として働いていた頃のことです。
後輩が上司からのパワハラに遭っていると相談を受けた瞬間、全身に怒りを感じました。
「絶対に何とかしてやる!」と勇ましく立ち向かい、
しかるべき対応の後、後輩を守ることができたのです。
安心した顔を見せてくれた時、感謝の言葉をもらった時、ホッとしました。
でも、その後です。
同じ上司から、今度はわたし自身がみんなのいる前で罵倒されました。
「あれを言い返さないのはおかしい!嫌がらせだ!」
と周りのスタッフが憤るくらいの理不尽さだったようです。
しかし、わたしは笑いながら、「言い返しても無駄だから・・・」と答え、
淡々と仕事をしていました。それでも周りは納得していませんでした。
なぜ、後輩のためなら立ち向かえたのに、自分のときはできないのでしょうか。
誰かを守れるけど、自分は守れない
後輩が安心した顔を見た時、感謝の言葉をもらった時、
心から安心しました。「Masaruさんしか言ってくれない」
そう言われると、ここにいていいような、安心を感じていました。
しかし、自分が叱責される時は違いました。ただ茫然と、頭が真っ白になる。
でも、反論しようとしたことはあります。
その上司から、「語尾に「ね」を付けるな。」と、理不尽な指摘をされました。
「患者からのクレームは来ていない。」とわたしが説明すれば、
「人の話は聞けないの?」、「その喋り方も変だよ。」と遮られました。
自分の話を聞いてもらえず、意見をすると否定され、侮辱される。
そのうち黙って飲み込む方がましだと思うようになりました。
反論せず、ただただ自分を粗末に扱うことで、
その上司との関係を保っていることに、違和感を感じながらも、
どこか馴染みの感覚でもありました。

自分を粗末にする感覚
その馴染みの感覚。それは過去の父との関係に似ていました。
わたしの父は、いつも不機嫌で、気分で叱りつけるような人でした。
「邪魔だから向こうへ行け、おもちゃも片づけろ!」
わたしがが「ここで遊んでいたい」と反論しても、
「うるさい、お前が悪い!」と返ってくる。
わたしの気持ちや意見は掻き消され、説明しても届きませんでした。
声を出すたびに、さらに否定される。何をしても無駄だという感覚が、体に染み込んでいきました。
自分を殺して、父の不機嫌を飲み込む。反論せず、ただ受け止める。
わたしが父の不機嫌を黙って飲み込むことで、父のストレスは発散される。
そうやって、知らず知らず、父の役に立っていました。
馴染みの感覚は、それだけではありません。
父に怒鳴られ、泣いている母を見た時のあの感覚。
「自分がやらないといけない」そんな決意。
あふれ出したその怒りが、わたしを動かします。
父にどれだけ否定されても、言い返す。
怒鳴られても、引かない。
父から自分への攻撃は飲み込むしかなかったのに、
母を守る時だけ、父に立ち向かうことができました。
母を守る大義名分のもと、父に歯向かう。
そして、母を守っている安心感もありました。
形は違えど、わたしはいつも、父と母の役に立つことで、
そこに居場所を作っていたのです。
誰かの役に立つことが、生き方になっていた
父の不機嫌を飲み込み、父の役に立っていた。
母を守ることで、母の役に立っていた。
大人になった今も、その構造は変わっていませんでした。
上司の不機嫌を飲み込み、後輩を守ることでバランスを保っていた。
周りからは、頼りになる人に見えていたかもしれません。
でも実態は、大人になっても、あの頃の自分のままだった。
誰かのために怒り、代わりに動く。
あるいは、不機嫌を黙って引き受ける。
形は違っても、相手にとって、わたしは役に立っていたのです。
その時だけ、自分の居場所があった。その役割を、まだ自分が選んでいたのです。
本当は、傷ついていました。
父に攻撃されながら、ずっと我慢して、耐え、
母を支えながら自分の気持ちをなくして、ずっと傷ついていた。
大人になっても、その傷は残ったまま。
痛みを感じないために、もっと誰かの役に立とうとする。
でも、傷は癒えないまま。その繰り返しの中にいたのです。
「自分がそれだけ傷ついてきたこと」
「何のために我慢してきたのか」
「本当はどうしたかったのか」
その問いを投げかけた時、誰かのための自分ではなく、
自分のための生き方を取り戻す、最初の一歩になると思います。

コラム担当者の紹介:協会認定セラピスト 【三重県】まさる


