
こんにちは。福岡県北九州市で心理セラピストとして活動している ATSUMI(白石厚美)です。
北九州も朝夕は随分と冷え込むようになり、短い秋ののち、冬の訪れを感じる季節になりました。
私ごとですが、この 2 年ほどの間に、実母や主人の父を含め、親族が 5 人旅立っていきました。
しばらくは「訃報」や「葬儀」という言葉から距離を置きたい——
そんな思いが正直なところです。
しかし、大切な人を見送るたびに、
「どんな人生を生きたのだろう」
「最期の瞬間、どんな思いが胸をよぎったのだろう」
そんなことに想いを馳せずにはいられません。
今日は、身近な人の「死」を通して見えてきた
“自分らしい人生” についてお伝えしたいと思います。
身近な人の「死」が、自分の「生」を照らすとき
故人が私に教えてくれたことは、たくさんあります。その中でも特に大きな気づきは、この二つでした。
① 人は必ず最期を迎える
② その最期をどんな想いで迎えるのかは、人によって違う
当たり前のようでいて、いざ周囲で別れが続くと、改めて深く胸に迫ってきます。 私たちは例外なく、いつか必ず「最期」を迎えます。
どんな人も、です。
そして、その迎え方、そこに残る想いは人それぞれです。
身近な人の死に向き合うとき、同時に
「私はどう生きたいのか」
という問いが静かに心に現れます。
私の“自分らしさ”を止めていたもの
私は結婚・出産を経て、幸せなはずなのに、どこか生きづらさを抱えていました。
「なぜか分からないけれど、苦しい」——その理由を求めて出会ったのが、リトリーブサイコセラピーです。そこで初めて、私はネグレクト(育児放棄)の状態だった過去に気づきました。
幼かった私は、親に気に入られたくて、
本当の気持ちを押し込み、
“親が望む私” を一生懸命に演じていました。
そうして生きてきた私は、
「自分らしいって何?」
「本当の気持ちって、どれ?」
と分からなくなっていたのです。
それは、捨てられるかもしれない恐怖、愛されたいという切実な願いがさせていた行動でした。
つまり、私の“自分らしい人生”を止めていたのは、幼少期に育まれなかった 愛着の問題(愛着障害)だったのです。
自分らしい人生は“選び直す”ことができる
私にとって、親とのつながりは
「いい子でいること」
「気持ちを出さず、迷惑をかけないこと」 が条件でした。
だから私は無意識に、
“本当の自分より、周囲が求める自分”を選び続けていたのです。
しかし、無意識の仕組みに気づくことができれば、 選び直すことができる。
これはセラピーの大きな可能性のひとつです。
自分らしい人生へ歩み出すために
もし今、
• いつもイライラ・モヤモヤして生きづらい
• 周囲とうまくいかず、同じパターンを繰り返してしまう
• やりたいことがあるのに、なぜか後回しにしてしまう
そんな状態があるとしたら、
ひとりで抱え込まず、どうぞセラピストを頼ってください。
あなた自身も気づいていない
“あなたを止めているもの”
に出会えるかもしれません。
自分らしい人生は、誰にでも取り戻せます。
そしてそれは、あなたが自分自身とつながり直した瞬間から、静かに動き始めます。
後まで読んでいただき、ありがとうございました。
あなたの人生が、あなたらしさで満たされますように。

