2022年2月コラム

第28号 「自分の感情、感覚や、欲求を聞いてあげよう」

こんにちは。
福岡の公認セラピスト待鳥智美です。

寒い日が続いていますね。
コロナ感染も、近所の幼稚園や学校関係では、まだちょくちょく耳にしているので、早く終息して欲しいと願っています。
私は、先日受けた健康診断の結果が異常なしだったことにホッとしています。
何をするにも、やはり健康が大切ですね。
みなさん、体調管理には十分お気を付けくださいね。

心身の健康や、充実した日々を過ごすには、自分の感情、感覚や欲求に耳を傾け、自分を満たすことが大切だ感じています。
みなさんは、自分を満たそうとしていますか?

自分の感情、感覚や、欲求を感じられない人は、自分の外側に意識を向けて、何事も周りを軸にしています。
周りの人の反応、言動、機嫌、期待などを重視して、自分は我慢や無理を重ねます。
すると、生きることに無気力になったり、どんどん生きづらさを感じることにつながりやすいのです。

最近、私自身がこのことの大切さを改めて感じたので、今日は、「自分の感情、感覚や、欲求を聞いてあげよう」をテーマにお話ししますね。

さて、自分を満たすにも、インナーチャイルドワークにも感情、感覚や欲求を聞いてあげることが必要ですが、そうとは思いながら、できていなかったり、苦手意識があって避けていませんか?
そもそも、自分の気持ちがわからない、欲求がわからない、という人もいるかもしれませんね。

「わからない」「どうしようもない」「仕方ない」「面倒臭い」などの思考・行動のクセは、自分の感情、感覚や、欲求を感じることを止めて、無くしているサインかも知れません。

私たちが、気持ちや欲求を感じて、出すことは、とても自然なことのはずです。

幼少期、人(親)との関わりで傷ついて、自分の感情や欲求を出すことを我慢したり、あきらめたりして、自分のことは後回しにしていませんでしたか?

例えば、次のようなことです。
◎自分の感情や欲求を出すと「~しないで」「言うことを聞いて」「わがままだ」「後でね」などと怒られた、否定された、無視された
◎虐待、罵倒、拒絶、いじめなど、否定的な関わりでのトラウマ
◎親子の役割逆転、共依存など

このようなことがあると、子どもは感情、感覚や、欲求を感じることに悲しさや恐怖を感じたり、自己否定を抱え、だんだんと自分を感じることをあきらめ、抑圧します。
抑圧は、怒りや恨みになりますが、怒りや恨みを持つ自分を否定して、さらに抑圧を重ねます。
無自覚のうちに、どんどん自分に負荷がかかります。

それが続いたまま成長すると、やりたいことがわからない、生きるには自分を押し殺すしかない、自分の人生を生きられないという生きづらさになっていきます。

そして、生きづらさを解決しようとしたときに、なかなか解決できないことにもなりやすいです。
本当に問題を解決するには、周りを変えるのではなく、自分が変わることが必要ですね。
このとき、「自分がどうなりたいか?」がとても大切ですが、それは、自分の感情、感覚や、欲求が感じられないとわからないからです。
「このままではイヤだ」「なりたい」「やりたい」感情や欲求が、恐怖で止まっていた自分が進み出すのを後押しします。
もちろん、セッションでは、セラピストがクライアントの思いを一緒にサポートしますよ。

また、セラピストを目指す人は、自分を癒したり、満たしたり、自分の問題を解決しておくことが、より大切になります。
セラピストステートを保ち、目の前のクライアントの問題解決のために、フラットに対峙することが必要だからです。
自分が癒されていない、満たされていない、問題が解決できていないのでは、それが難しくなってしまいますね。
自分の内側の声が聞けないのでは、クライアントの言葉にできない内側の世界をわかりたい、寄り添いたい想いも乏しいのではないでしょうか。

もし、自分のセラピストとしての成長が感じられなかったり、失敗して落ち込んだりしたときには、振り返って反省するところは反省しつつ、どうしてセラピストになりたかったのか?何のためにセッションをしたいのか?うれしいことは?などなど自分と話をしてくださいね。
知識や技術ももちろん大切だけど、その前に”セラピストステート”が本当に大切だ、と感じた出来事があり、私も今、改めて、自分に向き合っているところです。

幼少期から自分の感情、感覚や、欲求を無視することの方がメリットが大きかった人にとっては、自分に意識を向けることは難しく感じるかも知れません。
だけど、大人になった今、失っているもの、犠牲にしているものの方が大きくなっているのではないでしょうか?

トラウマや恐怖が強い場合は、まず癒すことを優先して、それから少しずつでもいいので、自分の感情、感覚を感じたまま受け止め、それを言語化していきましょう。
苦手と思っていたインナーチャイルドワークも続けていくと、インナーチャイルドも変わっていくことでしょう。
また、自分は、あれが好き、楽しい、今日はこれが食べたい、疲れたなどの自分の感情や欲求を認めて、食べる、やる、休むなど満たす行動もしてみてくださいね。

では、また~。

第27号 「The Zaiakukan」

梅の花の便りはあちこちこら聞こえてきますが、まだまだ寒いですね。
立春、節分を過ぎたとはいえ、春が待ち遠しい今日この頃です。

わたしは幼稚園にも勤めているのですが、子ども達に絵本を読み聞かせることがあります。
鬼やオオカミは、絵本の中で悪者として描かれていることが多いですよね。

絵本は、子ども達の社会的な道徳や人の気持ちを想像することへ大きな力を貸してくれます。
社会の善悪、
相手の気持ちへの想像力、
自分の情緒、
絵本から、子ども達は色々なものを育てていくキッカケをもらっています。
子ども達の中には、悪者の象徴として登場する鬼やオオカミに対して、
「おにさん、かわいそう。」
「おおかみさん、かわいそう。」
と捉える子もいます。
確かに一方的な悪というのは存在しませんよね。
それと同時に、一方的にかわいそうも存在しません。
けれど、親子関係ではこの一方方向が多く存在します。

例えば小さな頃に、
いつも
大変そうで、
泣いていて、
困っている、
母親を日常的に見ていると、
「おかあさん、かわいそう」
と子どもはいつも心にかわいそうな母親のイメージを持ちます。

そんな姿を見てしまった子どもは、更に
「おかあさんを、たすけたい」
「このままだと、おかあさんがしんでしまうかもしれない」
そんな切羽詰まった思いを心に刻んでいきます。
そして、自分がいるから母親がこんなに大変な思いをしないといけない。
自分は迷惑なんだ、
自分が悪いんだ、
という思いを心に育てていきます。
これが「罪悪感」です。

罪悪感を持った子どもは、
何とか親の役に立ちたくて、
ここに居ていいんだという保証が欲しくて、
迷惑をかけないように、受け入れてもらえるように、自分の本当の姿を隠して生きていかないといけなくなります。
子どもは、おかあさんが幸せそうに見えないと、かわいそうでそれが全て自分のせいなんだという思い込みを持ちます。
かわいそうな存在のおかあさんを幸せにしたくて、大人になっても自分の人生をかけて母親を幸せにしようとします。
人生の全てが、母親優先になります。
自分を犠牲にして親を幸せにすることこそが人生なのだと決意してしまいます。

しかし、どれだけ頑張ってみても当の母親が幸せになる日はいつまでもやってきません。
だって、母親はかわいそうで居続ける限り、こうやって子どもが自分を全力で助けてくれるから。
幸せになることが都合が悪いんです。
けれど自分が何もしないと、母親は幸せになれないと子どもが背負ってしまっています。
だから、人生かけてまで母親を幸せにしてあげようとする。
それはある意味、罪悪感を消し、自分の存在意義を高めてくれたりもします。

それでも。
自分の人生をかけて母親を幸せにしようとしても、結果はどうでしょうか。

母親が一瞬笑顔になったとしても、安心して幸せになる姿を見ることはできるでしょうか。
おかあさんがかわいそうなのは、母親自身、そして夫婦関係の問題です。
そして、アナタが親を背負い、罪悪感で自分を止めているのであれば、それはアナタ自身がアナタの人生を生きることが不安であり、怖いんです。
このまま報われない気持ちを打ち消しながら、親を背負って自分を失くしながら生きていく。
これが、アナタにとって苦しくないんならいいんです。
でも、本当はそれがつらいなら。。。
もう
自分の人生を自分で考え、自分で選ぶ時なのだと思います。
親から離れて、自分の足で歩いていくのが怖いのだと、アナタが自分で認める時なのだと思います。

それを想像するだけであなたが不安と恐怖でいっぱいになってしまうのなら。
ここから出ていってしまったら、自分にはもう帰る場所がないと思っているのなら。
ひとりになっても安心なことを、自分に教えてあげないといけません。
アナタは怖いんです、生きることが。
ひとりで地に足をつけて立つことは、孤立し、孤独で、誰からも助けてもらえないことだと思っているんです。

実際は、母親はアナタが助けなくても死なないですよね?
助けて
世話をして
喜ばせて
安心させて
幸せにしてあげないと、
アナタが不安で怖いんです。
アナタの心の中に安心感がないんです。

だこらまずは
自分の中に、安心感を育てましょう。
自分の回復が先なんです。
自分で自分の世話ができるようになると、自分への信頼が戻ってきます。
自分が回復してから、改めてまた「かわいそうな母親」を見てみるといいかもしれません。
きっと、かわいそうな母親がウソだったことに気がつけるはずです。
そのためにも、まずはアナタが自分の心を見てみませんか?