求めるこころ ~本当に求めているものは何かを知る大切さ~

こんにちは。

心理セラピストの杉原京子です。

もう今年も約2週間で終わりですね。毎年同じことを書いてると思うのですが、1年経つのが本当に早いと感じます。

今年1年は、どんな年でしたか?

2022年は、私にとって本当に色々な事があった1年でした。リトリーブサイコセラピーに出会ってから、1年1年が濃くなっていくと感じるのですが、今年は特に濃い1年となりました。それだけ色々な事を経験して、感じたことがあったからだと思います。

来年はどんな1年にして、どんなことを経験して感じていきたいのか、今から少しづつ模索し始めています。

いわゆる、来年の目標をどうしようかなと考え中です。

目標を立てるには、先ずは自分がどうしたいか、何をしたいか、何を求めているのか、自分の欲求を知る必要があります。

今回はその欲求について書きます。

例えば、

・仕事をもっとがんばりたいな

・趣味を持ちたいな

・旅行に行きたいな

・学びたいな

・お金を稼ぎたいな

・結婚したいな

・遊びたいな

自分の中の「~したいなという欲求」を叶えようと目標を立てるのです。

立てた目標が達成できたら、何かしらの感覚が得られると無意識で思って目標を立てます。

どんな動機で、どんな感覚が欲しくて、この目標を立てて得ようとしているのかを掘り下げるると、本当に欲しいもの(感覚)が何か分かります。

やり遂げた達成感や、充足感、満足感、幸福感、安心感、高揚感、人それぞれ欲しい感覚があるかと思います。

そしてこれらの感覚をどんな時に得られたと感じるのか、どうやって得ようとしているのかを知ることはとても大切です。

動機を掘り下げて自分の本当に求めている物を知る

例えば、仕事をもっとがんばりたいという目標の場合、仕事をもっとがんばる理由が、人からもっと求められて役に立つことで、必要とされる自分になれる。その下にある感覚は自分は誰にも必要とされない、居てもいなくてもいい存在、無価値な存在。そう思っているから、その無価値感を埋める為にがんばりたいという目標を立てているのです。

動機を掘り下げてみると、こんなパターンがよくあります。

・愛されたいという渇望感を満たしたい

・完璧な自分になって無価値感や欠乏感を埋めたい

・居場所が欲しい

・自分の中にある不安や恐怖を見ないように感じないようにする為に、安心感が欲しい

・孤独感、孤立感を埋めて欲しい

自分の中の不足感、欠乏感、渇望感を満たす為の欲求で、欠乏欲求と言われる欲求です。

これらの欲求があってもいいと私は思います。

ただ、この欲求を見ないようにしたり、他人を使って満たそうとずっとずっとしようとしていたら、どうでしょうか?

「私の欲求を満たして」と受動的で幼児や赤ちゃんのままの感覚で欲求を他人(パートナーや子ども、友人、上司)にぶつけて満たそうとしているとしたら、どうでしょう。

こころの成長と欲求

本来なら、幼少期にこれらの欲求は両親によって順に満たされていくのです。

・安心していられる

・ここに居ていいよ

・どんな自分でも愛してくれる

・求めたら応じてくれる

・共感してくれる、見てくれる、話を聞いてくれる

・あたたかい感覚で繋がれる

これらが満たされていくと、自分の欲求が欠乏を満たすものではなく、自分が本当にやりたいことへの欲求に変わっていきます。

ですが、幼少期に欲求を出すと親から否定・拒絶・無視・罵倒されたりして自分の欲求を出せずにずっと自分の欲求をのみこんで殺してきたり、ずっと親の親役(親子逆転)をしていて親の欠乏欲求を満たしてきたり、自分の欲求を満たして嬉しそうにすると親が悲しそうな顔をしたりと、親の慰め役をしたりしてたので、自分の欲求が満たされていないのです。

だから、そこで成長が止まったままになるのです。満たされないこころは、満たしてくれと求め続けて、他人に求め続けたり、親から満たしてくれるのをずっと待っていたりします。

欲求を満たしてもらえなかったら、満たしてくれないと怒りを他人に向けたり、たとえ他人から自分の欠乏欲求を満たしてもらったとしても、その時は満たされても、またすぐに求めて続ける。どちらにしても苦しい状態は続いてしまいます。

他人ではなく、自分で求めるこころを満たす

もちろん、人に求めることもいいのですが、それが過剰に求め続けたり、一方的に求め続けたりするのが問題なのです。

先ずは自分が本当は何を求めているかを知る事が大切です。そしてトラウマを癒し、インナーチャイルドは誰に何を求めていたのだろうか?たくさん聞いて知って、自分で満たしていくことです。

・自分が本当に求めているもの(自分の声)を聞きにいく

・自分を理解し、気持ちを自分で受け止める

・自分の中の安心・安全感を育てる

・居場所を自分で作る

・自分で自分のことを認める

・自分で自分を大切にして健全な自己愛を育てる

これらの行動、全て能動的で自分で自分を満たしていってるのです。これこそが成長して大人になることだと私は思います。

自分の欲求がないとしたら…

もしも自分の欲求がない、分からないのであれば、自分の欲求を持つ事をずっと諦めている、もしくは欲求を持つ事に許可が出してない人です。

どうせ求めても得られない。求めるだけムダ、そう自分に言い聞かせて諦めて自分の求めるこころに蓋をしていれば、本当はどれだけ求めているのか、愛情の飢餓感や欠乏感を見なくて済みます。そして過去に求めても得られなかった絶望を見なくて済むのです。

自分の中には、求めても得られないという前提を自分で作って持ち続けているのです。本当は過去にとても求めていたし、求めても得られなかった事実があり、その前提を持っていることで諦めて絶望を感じなくていいように自分を守り続けているのです。

だけど心の中では、欠乏感と渇望感や飢餓感でいっぱいなのです。

それをいつまで抑圧し続けられるのでしょうか?

抑圧するということは、

ずっと自分の欲求を殺し続けて生きる人生を生きることになります。

ずっと満たされない不満を抱きつづけた人生でいいのでしょうか?

自分の本当の欲求を知り、過去の傷を癒して、自分を満たしていくことで、大人が持つ成長欲求へとこころが求めているものが変わります。成長欲求を満たしていくことで人生に幸福感や達成感を感じながら、自分の本来の人生を生きることになると私は思います。

あなたのこころは何を求めていますか?

コラム担当者の紹介:協会推薦セラピスト【京都】杉原京子